あらすじ
2018年、アフガニスタン。米軍のジョン・キンリー曹長(ジェイク・ギレンホール)は現地通訳のアーメッド(ダール・サリム)と共に任務に就くが、タリバンの襲撃で仲間を失い、自身も瀕死の重傷を負う。アーメッドはジョンを100キロ離れた米軍基地まで命懸けで運び救出する。回復したジョンは帰国するが、アーメッドとその家族がタリバンに狙われ、行方不明だと知り愕然とする。恩人を救うため、ジョンは再びアフガニスタンに戻る決意をする。
考察
この映画の中心にあるのは「絆」や「献身」といった言葉の重みだが、その一方で「呪い」とも取れる関係性が描かれている。
手押し車のシーン、極限の献身
物語の中でも象徴的なのが、アーメッドがキンリーを手押し車に乗せて100キロを運ぶシーンだ。この場面は美談などではなく、疲れ果てたアーメッドが座り込み、涙を流すシーンにその壮絶さが凝縮されている。
アーメッドの献身は単なる友情や使命感からではない。ビザ取得という希望、家族への愛、そして目の前で苦しむキンリーを見捨てることができない人間としての「本能」が彼を突き動かしている。リアルすぎるほどの演出で、このシーンは観る者の心に深く突き刺さる。
呪いのような恩義、キンリーの心の葛藤
回復し、安全なアメリカで家族と過ごすキンリー。しかし、彼は恩人アーメッドがタリバンの標的になり、命を脅かされていることを知る。「自分は救われたのに、彼は苦しんでいる…」という罪悪感に苛まれ、「アーメッドの呪いだ」とまで言い放つ。
この「呪い」という言葉が印象的だ。恩義を感じることが、時には心の平穏を奪う。キンリーの行動は、自身の贖罪でもあり、平穏を取り戻すために必死に足掻くのである。
現実への問題提起、戦争の後に残るもの
ラストで表示されるテロップが、フィクションの物語に現実の重みを加える。「米軍撤退後、現地通訳の約300人が殺害された」という事実。戦争が終わった後、アメリカ軍に協力したアフガニスタン人通訳が見捨てられ、命を奪われたという現実は、キンリーとアーメッドの物語を超えて、観る者に「約束とは何か」を問いかけている。
本作のタイトル「コヴェナント(契約・約束)」が皮肉にも響く。国家が果たさない「約束」を、個人が命懸けで果たす、、、そこに浮かび上がるのは、社会の歪みと人間の尊厳だ。
まとめ
『コヴェナント/約束の救出』は、戦争映画の枠を超え、恩義と贖罪、絆と呪いを描き出した作品だ。アーメッドの献身とキンリーの葛藤は、「誰も見捨てない」という行動の美しさと、現実の残酷さを同時に映し出している。
タリバンの脅威、米軍の撤退、取り残された通訳―
―映画が問いかけるのは、観る者自身の「約束」への向き合い方ではないだろうか。現実に目を背けず、観る価値のある作品だ。